「脂質ラフト(lipid rafts)」と総称されるコレステロールや糖スフィンゴ脂質に富む生体膜上の微小領域は、細胞膜や細胞内膜系で代謝や情報伝達に関わる様々な分子の足場として重要な役割を果たしている。本研究では、代表的な内分泌組織である下垂体における脂質ラフト様構造の分布・局在とその生理的役割について解析した。その結果、下垂体前葉の成長ホルモン産生細胞の分泌顆粒膜にコレステロールやGM1ガングリオシドに富む脂質ラフト様構造が特異的に集積し、さらに、この脂質ラフト様構造がGHRH静脈内投与による分泌刺激によって分泌顆粒膜から細胞膜表面へと移行することを発見した。これらの所見は、細胞種によって構成脂質の多様性は認められるものの、一般に内分泌顆粒膜が脂質ラフト様の膜ドメインに富んでいることを示している。そこで、これまでの我々や他の研究グループからの報告でコレステロールと特異的に結合することが示されているセクレトグラニンlll(Sglll)とカルボキシペプチダーゼE(CPE)に注目して、この脂質ラフト様の膜微小領域が分泌顆粒への選別輸送に果たす役割を解析した。電顕免疫組織化学法では両蛋白とも様々な内分泌細胞の分泌顆粒膜直下に近接して局在しており、免疫沈降法による解析でも両蛋白間に特異的な結合活性が認められたことから、両蛋白は顆粒膜上の脂質ラフト様構造上で一種の複合体を形成して、それぞれの蛋白に結合するCgAやペプチドホルモンなどの凝集塊を効率よく分泌顆粒内に保持する役割を担っていることが示唆された。ただし、CPEを欠損するミュータントマウスでもSglllは正しく分泌顆粒に輸送され、ACTHなどのホルモンも顆粒内に保持されることから、脂質ラフト様構造上に形成されるSglll依存性とCPE依存性の各選別輸送機構は、片方が欠損しても他が補う一種の補償機構として機能する可能性が示唆された。
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