これまでわれわれは、肺腺癌において2つの大別化が可能であることを主張してきた。一方はII型肺胞上皮やクララ細胞といった末梢肺細胞に類似した形態および形質を示す腺癌と、他方は気管支被覆上皮や気管支腺細胞などと共通した性格を有する腺癌である。両者を区別する良いマーカーとして、thyroid transcription factor-1(TTF-1)を見出し、それによる判別が臨床病理学的な因子や、がん関連遺伝子から見た腫瘍化機序をよく反映することを示した(Am J Surg Pathol 2002)。また、昨年度においては、目標であったEGFR遺伝子変異と末梢型肺腺癌について、発現プロファイルによる分子生物学的特徴について検討を行い、その結果について2006年、J Clin Oncolに発表し、高い評価を得ている。 本研究では、腺癌の前癌病変として異型腺腫様過形成という病変が知られている。この病変を含む腫瘍進展の種々の段階にある119病変についてEGFR、KRAS変異について検討を行った。その結果、EGFR遺伝子変異は種々の段階でほぼ同じような頻度を示した。これに対し、KRAS変異では異型腺腫様過形成では40%近くに見出されたが、浸潤癌では10%に見出されるにとどまり、KRAS変異を有する前癌病変は腺癌へ進展しない可能性が示唆された。この知見は、KRAS遺伝子変異によって腫瘍関連senescenceになり、それ以上の腫瘍の進展が妨げられるとするこれまでの基礎実験や動物実験に沿う内容であった。また、CT健診などで見出される肺の微小病変について、遺伝子診断を生かした経過観察法など治療とも直結する内容とも考えられる。今後は得られた仮説をもとに、さらに検証を進めるとともに、EGFR遺伝子変異のある前癌病変についても検討を試みたい。
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