ブドウ球菌S.aureusは環境の変化や外界からのストレスに応答するために、細胞膜脂質、特にリン脂質構成成分が変化する。本研究では、ストレス応答、特に高浸透圧性ストレスと細菌細胞膜脂質の構成変化の機構について、ゲノム解析結果を踏まえて解析した。10%食塩存在下で培養したS.aureusは、普通培地のものと比較して、増殖が遅く、菌体の体積(菌体径)は大きくなる。細胞膜リン質組成は、通常培地で生育した場合、カルジオリピン(CL)は全リン脂質の内10%以下であるが、10%の食塩存在下で生育すると、60%程度まで相対的な構成比が増加する。このような変動はその他のストレス、酸・アルカリ・高温・低温刺激などでみられない。膜脂質の合成系はゲノム解析により一連の合成酵素群が特定された。カルジオリピン合成酵素遺伝子clsをクローニングし合成酵素をプラスミドで過剰発現しカルジオリピンの発現を解析したところ、過剰な発現は見られなかった。一方、当該遺伝子の欠損株は未だ分離出来ていない。clsは、大腸菌では欠損株が分離されているが、ブドウ球菌では分離できず、また過剰な遺伝子を挿入しても影響が少ないことから、ブドウ球菌では生存に必須な遺伝子であるかもしれないが、引き続いて試行している。ブドウ球菌でLysylphosphatidylgrycerol(LPG)の欠損株では膜にカルジオリピンの増加があり、同時に細胞分裂が障害されることが見出されているが、膜リン質の合成・分解・局在に関してグルーバルに検討する必要がある。 S.aureusは3種類のσ因子をもっているが、そのうち外界ストレスなどに応答する役割はσBにより担われている。σ^Bの破壊株ではカルジオリピンの産生に影響はなく、σ^Bの過剰発現株ではカルジオリピンが増加していた。σ^Hは膜脂質系への関与はなさそうであるので、σ^Bがカルジオリピンの合成系に関与している。細胞膜の構造と機能、新生と代謝、形態形成の機構について、ゲノム情報に基づいてより総括的にポストシークエンス研究を進展させるために、ブドウ球菌細胞膜のカルジオリピンの動態に注目し、細菌細胞膜研究の課題を考察しレビューをした。
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