本研究では、HLA抗原提示系がウイルス疾患制御に積極的に関わる役割と、そのシステムにウイルス因子が及ぼす影響の解明を目指した。ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)Nefに対するHLA-B35拘束性のヒト細胞傷害性T細胞(CTL)応答をモデルとして抗原の性質とCTLの抗ウイルス活性を解析した。まず、HLAテトラマーを作製して急性および慢性HIV感染者由来の末梢リンパ球を解析したところ、RY11(RPQVPLRPMTY)とN末端から3アミノ酸が欠落したVY8(VPLRPMTY)ペプチドが主要なCTL応答を構成していた。それぞれ4人の患者リンパ球から10個のCTLクローンを樹立してウイルス感染細胞に対する傷害活性を測定したところ、すべてのクローンでVY8特異的CTLの方が優れた抗ウイルス機能を示した。さらに慢性感染者のCTL応答を詳しく解析したところ、HIVはNefにArg75->Thrという変異を獲得してRY11特異的CTLから逃避するが、ヒト免疫系は新たに変異型特異的CTLを惹起させていた。しかしながら、変異型特異的CTLは、細胞傷害活性やサイトカイン産生能は有するが、抗原刺激に対する増殖応答能を失っていた。したがって、病態進行とともに主要なCTLエピトープがVY8->RY11->TY11とシフトするとともに、HIVに対する抗ウイルス機能は減弱化することが分かった。一方、各抗原ペプチドとHLA分子との結合力を調べたところ、各ペプチドの結合力はTY11>RY11>VY8であったため、HLA分子に対して強い結合力を示す抗原が必ずしも優れたCTL応答を与えるわけではないことが分かった。これらの結果から、CTLの抗ウイルス活性には、抗原ペプチドの性質が大きく影響することが明らかとなった。また、HIV感染症の慢性期に顕著に観察されるCTLの抗ウイルス機能低下は、CTLが認識する抗原が「優れた抗原」から「劣った抗原」にシフトしたことと強く関連すると考えられた。
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