新薬の開発では動物種差が障害になる為、ヒト組織を用いた炎症モデルの作製を試みた。肺癌患者から手術で摘出された肺を検査後に残存する組織を用いた。細切した組織を試験管内でヒトIgEで受動感作し、抗IgE抗体で刺激して産生されるシステイニルロイコトリエン(CysLTs)を測定すると、コントロール(溶媒だけ)に比し抗IgE抗体では有意に産生が増加した。この系に補体活性化産物のアナフィラトキシンC5aまたはC3aを微量加えて抗IgE抗体で刺激すると抗体単独に比し更にCysLTs産生が増加した。一方、C5aまたはC3a単独刺激ではCysLTs産生はみられなかった。以上の様に、微量の補体活性化産物を加えてアナフィラキシー反応を起こすことにより、補体が関与するアレルギー炎症モデルを作製できた。このモデルで開発中のC5a阻害薬並びにC5a受容体拮抗薬を添加して効果を調べると、両薬とも濃度依存的にCysLTs産生を抑制した。とくに本研究に用いたC5a受容体拮抗薬は種差が顕著であることが報告されており、ヒトや猿以外のモルモット、ラット、マウス、ウサギでは無効とされている。従って、本モデルの有用性を検討する為に、種を変えてラットで行った。ラットを抗原で感作し、摘出した肺組織を試験管内で抗原刺激し産生されるCysLTs量はこの系に微量のC5aを加えておくと同様にCysLTs産生の増加がみられた。しかしながら、ラットモデルではC5a受容体拮抗薬はCysLTs産生を抑制しなかった。一方、ヒト組織は貴重な為、組織保存法の検討も行った。氷点下でも水が凍らない過冷却装置を用いて、摘出ヒト肺組織を臓器保存液に浸け-5℃に一方は通常の4℃で5日間保存し、固定後HE染色して病理学的に比較すると、後者では肺胞、気管支、および血管組織の破壊像が認められたが前者では明らかに良好に保存され、とくに気道上皮の繊毛は明瞭に残存していた。またDNAの断裂を示唆するstngle-stranded DNA抗体で免疫染色すると4℃で保存した組織では陽性像が多数認められたが、-5℃ではほとんど認められなかった。一方、機能的に反応するかどうかを検討するため肺組織を両条件下で3日間保存し、IgEで受動感作後抗IgE抗体で刺激して産生されるCysLTsを測定すると-5℃保存では抗体刺激により増加したが、4℃で保存した組織は反応しなかった。補体系の蛋白は種差が大きいことで知られているのでヒト組織を用いた実験系は新薬の開発に有用であると考えた。
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