研究概要 |
新生児低酸素性・虚血性脳症(HIE)は,周産期脳障害の主要な原因であり重篤な神経学的後遺症をもたらす.我々はHIEモデルラットの長期にわたる組織学的ならび行動学的検討から,HIE処置9週目より緩やかに進行する組織損傷に加えて進行的な学習・記憶障害を引き起こすことを発見した.この細胞死は,従来のadult ratsの脳虚血で生じる遅発性細胞死とは異なり,HIEに特有な脳損傷であることから,緩徐進行性脳損傷(slowly progressive brain damage ; SPBD)と名付けた.本年度は,1)新生児低酸素性虚血性脳症(HIE)モデルラットのHI処置直後の急性期での行動評価系の確立と緩徐進行性脳損傷を伴う進行的な学習・記憶障害に対するグリア株由来神経栄養因子(GDNF)のHI後投与の影響を検討した. 1)急性期の行動評価の確立:HI2時間処置24時間後に虚血側への回転行動が見られ,TTC染色による脳損傷と相関していた.この回転行動はHI処置7日後には消失した.このことから,回転行動がHI処置による脳損傷の指標になることがわかり,急性期でのスクリニングの評価に有用である. 2)HI処置後のGDNFカプセルの移植の影響:我々はすでに約6ヶ月間GDNFを産生できるカプセル化GDNFを用いて,HI処置前に移植した結果,緩徐進行性脳損傷を伴う進行的な学習・記憶障害を改善できることを報告した.このカプセルは高分子半透膜でGDNF産生細胞を包み,内部へ酸素や栄養分を供給することで約6ヶ月間20ng/dayのGDNFを産生し続けることができる一方で,抗体や免疫細胞は通過することができないため,従来の移植方法では問題であった免疫反応や腫瘍化を抑えることができる.今回,このカプセル化GDNFをHI後処置後に移植した結果,緩徐進行性脳損傷を伴う進行的な学習・記憶障害には改善効果を示さなかった.今後,投与量や投与時期の問題が残されているが,GDNFはHIEに対して予防効果は強いが治療効果はほとんどないことがわかった.
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