ATBF1はヒトαフェトプロテイン遺伝子5'上流のエンハンサー領域に結合する核内蛋白として単離された転写因子で、4個のホメオドメインと23個のZnフィンガードメインを併せ持つ分子量約400kDaにおよぶ巨大な蛋白である。最近、ATBF1は神経、筋細胞および顆粒球の分化過程において発現増強することが報告されている。本研究では、肝再生および肝発癌過程におけるATBF1の役割を検討するために、real-time PCRを用いたATBF1 mRNA発現の測定系を確立した。本測定系を用いて初代培養ラット肝細胞における細胞周期とARBF1 mRNA発現の関係を検討した。即ち、コラゲナーゼ灌流法を用いて単離したG1期の初代培養ラット肝細胞に肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor : HGF)を添加し、増殖因子依存性のG1/Sチェックポイントを超えさせ、S期からG2、M期に進展させた。細胞周期関連遺伝子とATBF-1の発現を検討したところ、HGF添加6時間後、サイクリンD1発現増強とともにATBF1の発現が減少し、48時間後までATBF1発現は抑制された。一方、2-acetylamin ofluorene(2AAF)を投与して成熟肝細胞の増殖を抑制した状態で部分肝切除を行って肝再生を誘導すると、門脈域にoval cellと呼ばれる卵円形の核を持った小型の細胞集団が出現する。この細胞集団は肝細胞または胆管上皮細胞への分化能を有した肝前駆(幹)細胞と考えられ、HGFはこのoval cellの増殖及び肝細胞分化を促進する。この2AAF/部分肝切除モデル肝におけるATBF1発現を免疫組織化学染色を用いて検討したところ、ATBF1は成熟肝細胞の核内に発現し、oval cellでは核内のみならず細胞質においてもATBF1の発現が認められた。HGF投与によってoval cellの細胞質内のATBF1発現はむしろ低下していた。HGF投与によってovalcellの増殖及び肝細胞分化が促進され、ATBF1発現時にはoval cell増殖は収束に向かい、肝細胞に分化していることが推測された。即ち、肝細胞及びその前駆細胞において細胞増殖時には細胞質に発現し、増殖抑制・分化誘導時には核内に移行し、その増殖・分化に重要な役割を果たしていることが考えられた。
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