研究概要 |
妊娠後期にはインスリン抵抗性が高まることが知られており、妊娠糖尿病の発症と胎児の発育に重要な影響を及ぼしている。女性のインスリン抵抗性には女性ホルモンであるエストロゲンが関与することが臨床的に知られているが、その分子メカニズムは不明である。本研究では、3T3-L1脂肪細胞において、エストロゲンがインスリン作用に及ぼす影響と分子メカニズムを検討した。高濃度のエストロゲン(E2;10^<-5>M)を処置すると、インスリンによるIRS-1のチロシンリン酸化、Aktリン酸化、2-deoxyglucose(2-DOG)の取り込みは低下した。また、細胞膜を通過しないエストロゲン(E2-BSA)で処置してもこれらのインスリンシグナルは抑制された。エストロゲン受容体の阻害剤であるICI182,780の添加により、エストロゲン作用が消失したことから、本作用はエストロゲン受容体を介して生じると考えられた。高濃度エストロゲンがIRS-1のチロシンリン酸化を低下させてインスリン抵抗性を惹起する分子メカニズムとして、高濃度エストロゲンはIRS-1のSer^<307>残基を特異的にリン酸化することで、IRS-1のチロシンリン酸化を低下させた。そこで、JNK阻害剤(SP600125)を添加すると、亢進していたIRS-1のセリンリン酸化は減弱し、低下していたIRS-1のチロシンリン酸化以後のインスリンシグナルは改善した。さらに、エストロゲン受容体の細胞内局在を遠心分画法により検討すると、高濃度エストロゲン刺激により、エストロゲン受容体αの細胞膜分画への局在が増加した。一方、エストロゲン受容体βの局在には変化を認めなかった。 以上より、妊娠後期での高濃度エストロゲンによるインスリン抵抗性の機序として、細胞膜分画のエストロゲン受容体αが、JNK経路を介してIRS-1のセリンリン酸化を惹起してインスリン抵抗性を生じることが示された。
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