研究概要 |
インスリン受容体の発現量は組織特異的な調節をうけていると考えられているが、詳細は明らかではない。我々の研究室ではヒトインスリン受容体遺伝子のプロモーター領域を単離・解析し、細胞特異的な転写調節領域が存在することを報告した。この領域に結合する細胞特異的な転写因子について検討を行った結果、新しい肝特異的な転写調節因子が存在することを確認した(Biochem Biophys Res Commun,280:428-434,2001)。この転写調節因子のアミノ酸配列の決定を試み、DNAアフィニティカラムによってTCCCTCCC配列(申請者らが同定した肝細胞特異的転写調節領域の配列)と結合する2本のバンドが得られたが、タンパク量が少なく、配列決定には至っていない。これに続いてAMP-activated protein kinase(AMPK)の肝細胞特異的な作用に着目し、以下の研究を行った。AMPKは肝臓において糖および脂質の代謝を制御する重要な酵素である。インスリンの代表的標的臓器である肝臓において、インスリン作用の鍵たるインスリン受容体に及ぼすAMPKの影響を検討することを目的とした。ヒト肝癌由来細胞株HepG2細胞を5-aminoimidazole-4-carboxamide-1-β-D-ribofuranoside(AICAR=AMPK活性化剤)で刺激し、インスリン受容体発現に及ぼす影響について解析した。HepG2細胞をAICARにて48時間処理すると、インスリン受容体蛋白発現はAICAR濃度依存性に有意に減少したが、この現象は3T3-L1脂肪細胞やCHO細胞では認められなかった。インスリン受容体mRNA発現もAICAR濃度依存性に有意に減少した。さらにインスリン受容体遺伝子プロモーターの転写活性も、AICAR濃度依存性に有意に低下した。AICARによるインスリン受容体の蛋白発現、mRNA発現、およびプロモーター活性の低下作用はAICARの阻害剤によりいずれも抑制された。インスリン受容体遺伝子プロモーター欠失変異を用いた解析により、AICAR反応性のcis-elementはインスリン受容体遺伝子翻訳開始部位の上流0.6kb以内に存在するものと推定された。ヒトインスリン受容体遺伝子プロモーター領域にはinsulin response element(IRE)と相同性のある配列が5個(IRE-1〜5)存在した。これらのIREのうちでAICAR反応性部位に存在するIRE-4、IRE-5には転写因子Foxo1が結合し、このFoxo1のIREへの結合はAICAR処理により減弱した。かくして、AMPKによるインスリン受容体の発現抑制の少なくとも一部は遺伝子転写レベルでの抑制によること、およびこの効果が肝細胞特異的であることを示せた。また、肝細胞におけるインスリン受容体遺伝子の転写調節にFoxo1が関与している可能性が示唆された。
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