アルツハイマー病(AD)の病態において、アミロイドβ(Aβ)の蓄積が中心的な役割を演じることは広く認められており、近年、特に神経細胞内Aβ蓄積が最早期の病理学的変化として注目されている。他方、AD脳の神経細胞の一部に細胞分裂機構の異常な活性化が観察されており、神経細胞内Aβが細胞周期制御異常を介して神経細胞変性を引き起こす可能性がある。本研究では、AD剖検脳を用い、免疫細胞化学的に神経細胞内Aβと増殖細胞核抗原proliferating cell nuclear antigen(PCNA)を組織上で検出し、両者の出現様式を検討した。 AD群7例および対照群4例の剖検脳から海馬、海馬傍回および後頭側頭回を含む組織切片を作製。Aβ1-40およびAβ1-42のC末端特異的抗体、ならびに抗PCNA抗体を用いてPAP法による免疫染色を行い、連続切片法で両免疫反応を比較検討した。 AD群では、神経細胞内Aβ42免疫反応は、海馬、海馬傍回および後頭側頭回の大型錐体細胞の細胞質で中等度〜高度に認められたが、神経細胞内Aβ40免疫反応は微弱であった。AD群のPCNA免疫染色では、海馬歯状回顆粒細胞層や海馬CA1・CA3で神経細胞核の陽性像がまれに認められたほか、海馬、海馬傍回および後頭側頭回の大型錐体細胞でしばしば細胞質内に微細顆粒状の染色像が観察された。連続切片を検討すると、神経細胞内Aβ42免疫反応が高度の錐体細胞の一部ではPCNA免疫反応も陽性であった。対照群ではAβ、PCNAともに神経細胞内の免疫反応は微弱であった。 AD脳では、神経細胞内Aβ42免疫反応が高度の神経細胞にPCNAが出現し、しかも本来、核に出現するPCNAが細胞質に優位に認められた。AD脳の神経細胞では神経細胞内Aβ42蓄積に引き続いて細胞周期制御異常が生じ、細胞分裂機構の異常な活性化が起こっている可能性が示唆された。
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