研究概要 |
初年度である平成17年度では、まず、性同一性患者および対照コントロールのゲノムサンプル収集および臨床症状の集積から始めた。そして、現時点において、身体学的性が男性である例MTF(male to female)を74名、身体学的性が女性であるFTM(female to male)を168名のゲノムサンプルの収集に成功した。また、対照コントロールとして年齢と居住地を一致させた男性106名、女性169名のゲノムも収集できた。尚、サンプル収集に当たっては、三省合同の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に則り、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科倫理委員会で承認を得た方法を忠実に従って行い、患者及び健常対照者全員に医師が口頭と書面で説明し、書面で同意を得た。 性同一性障害は、生物学的性と自己認識の性の不一致に悩み、割り当てられた性に対する嫌悪感と反対の性に対する強い憧れをもつことが定義とされる。性同一性障害の原因は解明されていないが、生物学的要因が強いとされ、また、遺伝的背景の影響も示唆されている。性ホルモンによる胎生期の初期発生の異常による脳の性分化との関連が指摘されている。テストステロンはアンドロゲン受容体(AR)に結合し,脳の男性化に働くとされるが、同時に、脳内でアロマターゼ(CYP19)により芳香化されエストロゲンに変換されて、エストロゲン受容体(ER)にも作用する。このため、AR、CYP19、ERは脳の性決定を修飾する可能性がある。そこで、これら4つの性ステロイド関連遺伝子(CYP19遺伝子、ERα遺伝子、ERβ遺伝子、AR遺伝子)から解析をスタートした。 各遺伝子のリピート遺伝子多型を用いてケースコントロール遺伝子相関解析を行った。具体的には、CYP19遺伝子では(TTTA)nリピート多型、ERα遺伝子では(TA)nリピート多型、ERβ遺伝子では(CA)nリピート多型、AR遺伝子では(CAG)nリピート多型をABIシークエンサーにてアレル長を決定し、それからリピート数を算出し、CLUMP法によるカイ二乗検定を行った。その結果、CYP19遺伝子、ERα遺伝子、ERβ遺伝子、AR遺伝子のリピート多型のアレル分布は、FTM、MTFいずれにおいても、その対照群と有意な差はみられなかった。今回の結果は、性ホルモン関連遺伝子多型が性同一性障害の発症脆弱性と関与する可能性は低いことが明らかとなり、従来から唱えられているホルモンシャワー仮説が誤っている可能性を示したと考えられる。
|