研究概要 |
2年目である平成18年度も引き続いて、性同一性患者のゲノムサンプル収集および臨床症状の収集を続け、現時点において、身体学的性が男性である例MTF(male to female)が昨年度より27名増えて101名に、身体学的性が女性であるFrM(female to male)が104例増えて、272名のゲノムサンプルの収集に成功した。この疾患でのゲノムバンクとしては知る限り世界最大である。尚、サンプル収集に当たっては、三省合同の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に則り、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科倫理委員会で承認を得他方法を忠実に従って行い、患者及び健常対照者全員に医師が口頭と書面で説明し、書面で同意を得ている。 昨年度に性同一性障害の生物学的機序の解明として、候補遺伝子のゲノム解析を開始し、4つの性ホルモン関連遺伝子、すなわち、アンドロゲン受容体(AR)、アロマターゼ(CYP19)、エストロゲン受容体(ERαおよびERβ)の多型についてゲノム解祈し、CYP19遺伝子では(TTTA)nリピート多型、ERα遺伝子では(TA)nリピート多型、ERβ遺伝子では(CA)nリピート多型、AR遺伝子では(CAG)nリピート多型をシークエンサーにてアレル長を決定し、それからリピート数を算出し、CLUMP法によるカイ二乗検定を行った。その結果、昨年はプレリミナリーな結果を報告したが、今年度は症例数を追加して、十分な統計パワーでの解析をした。結果としては、昨年のプレリミナリーな結果を確認する形、すなわち、4つの性ホルモン関連遺伝子はいづれもFTM, MTF疾患との相関は見られなかった。本年度は、更にプロゲステロン受容体遺伝子の解析も追加した。プロゲステロン受容体遺伝子では5つの多型、rs2008112(+311G/A)、V660L、H770H、rs572698、PROGINS (Alu insertion)を解析した。その結果、すべての多型で健常者と有意な差はなくプロゲステロン受容体遺伝子も遺伝子相関はないことが明らかとなった。性ホルモンは胎生期の初期発生時に脳の性分化に関わるとされ、性同一性障害の性ホルモンシャワー仮説の根拠とされるが、今年度の解析から、性ホルモン関連遺伝子の多型によって性同一性障害の発症脆弱性が上昇するという可能性は否定されると考えられる。これらの結果は、2つの可能性を示唆するものと考えられる。1つは、性ホルモン以外の分子が関与する可能性。もう一つは、ゲノム上の多型ではない変化、たとえば、メチル化などのエピゲネティックな修飾が影響している可能性が考えられ、最終年度の課題とする。
|