研究概要 |
性ホルモン以外の分子が心の性の決定に影響を与えている可能性が考えられ、Vilainらの最近の研究もこれを支持するので、性ホルモン以外の候補遺伝子を解析した。候補分子としては、動物実験で胎生期の雌雄の脳内で発現が大きく異なる一連の分子が報告されており、その代表的なものとして、Xist, Uspqy, Rps4y, DDx3yなどがある。そこで、これらの遺伝子のヒトオルトローグをNCBIデータベースより検索し、遺伝子構造や多型情報を調べて性同一性障害患者のゲノムで調べた。 性同一性障害患者(ICD-10 F64.0)242名でFTM患者が168名(平均年齢28.3ア7.6才)、MTF患者が74名(平均年39.4ア10.0才)である。健常対照者は276名で女性が169人(28.1ア6.9歳)、男性が106人(35.7ア10.7歳)である。 Uspqy, Rps4y, DDx3y遺伝子ではNCBI SNP databaseに登録されている多型で、遺伝子頻度が記載されているものを解析した。Xist遺伝子は5つの多型を解析した。 Uspqy, Rps4y, DDx3y遺伝子では今回解析した多型はすべて多型が確認されなかった。また、Xist遺伝子でも解析した5つの多型の内3SNP(C43G、rs1009948、 rs1794213、 rs11554116)は日本人において多型が確認されなかった。残りのrs1894271とrs1620574の2SNPにおいて、性同一性障害患者FTMと女性健常者、MTFと男性健常者の間においてケースコントロール関連解析を行ったが、有意差はみられなかった。また、両SNPは完全連鎖不平衡にあったので、ハプロタイプ解析は行わなかった。 今回調べた遺伝子はXIST遺伝子も含めてhighly conservativeであることがわかり、多型がほとんど見られないことが明らかになった。このことは逆に、胎生期の脳内の発現が雌雄で大きく異なる分子は恐らく個体の生存に非常に重要であることを示唆しているとも考えられ、性行動の制御に影響する可能性が考えられる。これらの分子の制御のメカニズムについて、ゲノムの多型だけでなくそれ以外の機序、特にエピゲネティックによるものの解明は非常に重要と考えられた。
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