前年度に引き続き、「物語」の異化作用という視点からナラティプアプローチを認知症高齢者介護家族に対して施行した。ナラティプアプローチは心理療法の一種であることから、研究代表者らは心理学の事典、全書、医育機関名簿等を手がかりにして、ナラティプアプローチの歴史を振り返ることにより、視座が低くならないように心がけた。その結果、介護家族に接する医療スタッフの物語も見過ごしてはならないことが明らかとなった。すなわち、介護家族は医療現場で看護師、心理士、介護福祉士等の医師以外の医療スタッフとの関わりが濃厚である。従って、まずは看護師や心理士が誕生するまでの物語が理解される必要がある。その観点から看護師や心理士の教育課程や資格試験を通じて、看護師や心理士が専門職として社会から何を要求されているのかを明らかにし、その要求がどのような物語として医療現場に反映されているかを明らかにしようとした。その結果、医療各種専門職に共通するナラティブとして「医療は病者の健康を回復するために存在する」という当然の、しかし忘れがちなひとつの物語が基底にあることが明らかとなった。一方、介護家族医療各種専門職、研究代表者らとの交流から紡ぎ出される物語はあらかじめ用意されたものであっては効果に乏しい。そこで、保坂和志氏や小島信夫氏の「俯瞰を拒否する」という小説的立場に立つことにより、未だ言語化されて得ぬ介護にまつわる事象について、国語辞典や広辞苑を参照しながら介護家族と語り合い、また、看護学の視点からは高齢者に多い眼科、耳鼻科、皮膚科、外科疾患に関する情報を、治験経験者の介護家族には治験啓蒙書から得た情報を、司法臨床に関する書籍からは認知症の判断能力に関する情報を、お互いに共有することにより、予期せぬナラティブを発掘しようと試みている。対象者から得られたビデオカメラ、デジタルカメラの映像、音声、文字の情報は、DVCテープ、MDディスク、DVDディスク等に記録され、専用ソフトで圧縮した後、セキュリティ機能を備えたHDデオスクに保存された。また、コンピューターを指紋認証化し、文書類を複数の文書保存箱に保存することによって対象者の個人情報の流出が起こらないように細心の注意を払った.今後は得られた成果を論文として外在化する予定であるが、その経緯の一端は認知症予防総合対策事業実地調査報告書として平成19年に発表予定である。
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