通常型膵管癌におけるcancer stem cell解析の基盤研究を目的として、以下の検討を行った。現在まで、成体膵すなわち分化した膵臓における、幹細胞または前駆細胞の存在に関しては、明らかにされていない。我々は、CD-1マウスの膵臓を用いて、膵上皮細胞の脱分化の可能性を検討した。マウスより摘出した膵臓をコラゲネース処理と遠心処理を行い、腺房細胞優位の上皮細胞を分離し、ゼラチンコートした培養皿上で組織培養を行った。培養はDMEM/F12培地に10%ウシ胎児血清(FBS)および上皮細胞増殖因子(EGF)を50ng/mlの濃度で添加した。FBSおよびEGFの刺激により、膵上皮細胞は、上皮の構造を失い細胞は遊走することを見いだした。蛍光免疫法による染色を行った結果、分離直後の膵上皮細胞は、上皮の性質を示すアミラーゼやE-cadherinが陽性であるが、遊走する細胞には、それらの発現は消失し神経幹細胞のマーカーであるnestinが陽性であった。このnestin陽性細胞は、EGFの刺激下で増殖可能であった。これらの観察から、分化した膵上皮細胞が脱分化を生じ、幹細胞マーカーを発現すること、脱分化した細胞は増殖因子の刺激により、cell cycleの亢進が生じていること、これらの変化に受容体チロシンキナーゼ(RTK)シグナル伝達機構が関与していることなどが考えられた。 これらの結果は、ヒト膵癌の発癌を考えた場合、炎症などによるサイトカイン濃度の高まりがRTKシグナリングを活性化して細胞を脱分化させ、増殖因子に対する感受性の亢進した細胞が生じ発癌の母地となる可能性を示唆しているものと考えられた。また上皮由来の癌である、浸潤性膵管癌内部においても、autocrineまたはparacrineの機序により分泌されるサイトカインが作用して、分化-脱分化の複雑なネットワークを形成している可能性がある
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