一側内耳破壊後に生じる眼運動や体平衡の異常は時間経過により自然回復することが知られている。この現象は前庭代償と呼ばれており、中枢神経系の可塑性のモデルとして広く研究されている。前庭代償の発現には一旦低下した障害側前庭神経核ニューロンの電気活動の回復が重要であることが知られているが、その背景となる分子生物学的メカニズムには未だ不明な点が多い。 本研究ではまず、ラットの一側内耳破壊6時間後に前庭神経核組織を左右別々に摘出し、microarray法を用いて左右前庭神経核で発現に差のある遺伝子の網羅的検索を行った。その結果、破壊側の前庭神経核で発現が増加しているいくつかの遺伝子が同定できた。このうち、カルシウム関連遺伝子(Ca^<2+>チャネルα2サブユニット、PMCA2、カルシニュリン)の発現が一側内耳破壊後に破壊側前庭神経核で一過性に上昇することをreal-time PCR法を用いて確認した。また、標的蛋白の脱リン酸化を促進し神経系の可塑性への関与も報告されているカルシニュリンの拮抗薬が前庭代償を遅延させることが判明した。以上まとめると、一側内耳破壊後に破壊側前庭神経核で発現上昇したCa^<2+>チャネルを通って前庭神経核細胞内の一過性Ca^<2+>濃度上昇が起こり、Ca^<2+>依存性脱リン酸化酵素であるカルシニュリンの活性化とその発現が上昇する。カルシニュリンにより何らかの標的蛋白のリン酸化レベルが変化し神経系の塑性(=前庭代償)が誘発されるものと思われる。PMCA2の破壊側前庭神経核での発現増加は細胞内Ca^<2+>濃度の過剰な上昇による細胞死を抑制する働きがあるものと考えられる。
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