ベル麻痺(特発性顔面神経麻痺)は末梢性顔面神経麻痺全体の約60〜70%を占め、本邦では年間人口10万人当たり30〜40人が発症する、脳神経麻痺の中では最も頻度の高い疾患である。近年の研究により、本症の原因は膝神経節に潜伏感染したヒト単純ヘルペスウイルス1型(以下HSV-1)の再活性化とする説が有力であり、我々の研究室ではベル麻痺の実験モデルとして、マウスの耳介にHSV-1を接種して一過性の顔面神経麻痺を発現する動物モデルを作製し、病態解明を行ってきた。このマウスの側頭骨内顔面神経には脱髄と軸索変性が混在するが、どのような機序で神経障害に至るかは現在明らかでない。 一方、一酸化窒素(以下NO)は循環器系の調節や神経系の情報伝達のメディエータとして働くだけでなく、感染や炎症の過程にも関与することが知られている。特に感染や炎症時に発現する誘導型NO合成酵素(以下iNos)による多量のNO産生は、種々の酸化窒素化合物を介して細胞を障害することが知られているが、HSV-1による顔面神経麻痺発現に対する影響は不明である。 本研究では、HSV-1初感染顔面神経麻痺におけるNOの関与を検討する目的で、ベル麻痺のモデル動物であるHSV-1初感染顔面神経麻痺マウスにおいて、顔面神経内NOの定量、顔面神経内でのiNOSの免疫組織学的観察、抗酸化剤であるedaraboneの投与効果について検討した。その結果、顔面神経内では、ウイルス性神経炎に引き続くNOの増加、iNOSの発現が観察され、またedaraboneの投与で顔面神経麻痺発現が抑えられる傾向にあった。これらの結果から、NOはHSV-1による顔面神経の障害、特に脱髄に関与し、麻痺発現の一因であると考えられた。また、edaraboneは臨床使用可能であり、ベル麻痺の新たな治療法となりうることが示唆された。
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