本研究ではトランスジェニックマウスの作製を通じて、mT2R5を発現する苦味受容味細胞もしくはmTIR3を発現する甘味/うま味受容味細胞に、それぞれ特異的に経シナプス性トレーサー(tWGA-DsRed)を発現させ、味細胞から経シナプス性に移行したtWGA-DsRedによって標識されるニューロンの脳内局在を可視化することにより、苦味および甘味情報を伝導する脳内神経回路網を解明し、味覚識別を可能にする神経回路の構築様式を明らかにすることを目的とした。延髄弧束核・橋結合腕傍核・視床後内側腹側核において、甘味受容味細胞から移行したtWGA-DsRedにより標識されるニューロン群は、苦味受容味細胞からのtWGA-DsRedを受け取るニューロン群に比べ、より前方に配置していた。また大脳皮質味覚野と扁桃体においては、部分的重複と分離がみられた。口腔内味細胞に苦味刺激を行うと延髄弧束核の特定ニューロン群においてc-Fosの発現が誘導されるが、延髄弧束核のc-Fos発現細胞は、苦味受容味細胞から移行したtWGA-DsRedにより標識されるニューロンのmedial側に近接して存在した。観察された苦味と甘味の情報を伝導する脳内神経回路の差異は、味覚認識を可能にする細胞基盤の一端を示していると考えられた。2〜2.5ヶ月齢マウスの大脳皮質味覚野において、甘味受容味細胞から移行したtWGA-DsRedにより標識されるニューロンは、12ヶ月齢マウスの大脳皮質味覚野内の標識ニューロン群の一部であり、その最前方領域に存在するニューロンに相当し、苦味受容味細胞からのWGA-DsRedを受け取るニューロン群に比べ、顕著に前方に分離して配置することが観察された。ゆえに苦味伝導路を構成するニューロン群とは異なる特定のニューロン群が、選択的に甘味情報を伝導する神経回路を構築することが示唆された。
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