口腔内細菌による炎症性反応と口腔癌の関連性を探るためTLR-4を介したシグナル伝達に注目した。特に、TLRシグナル伝達分子であるMyD88、及びTLR-4によるシグナルで活性化されるJNK1/2を制御する脱リン酸化酵素である、MAP kinase phosphatase-macrophage(MAPK-M)にターゲットを絞った。MyD88の遺伝子改変マウス及びMAP-Mの遺伝子改変によりMKP-Mを不活化させたマウスを用い、発癌剤4-nitroquinoline 1-oxide(4-NQO)によって口腔癌を誘発し、コントロールマウスと比較した。組織学的観察の結果、4-NQOによってコントロールマウスの舌では腫瘍の発生が確認され、また細菌感染のシグナル経路を減弱させた、MyD88遺伝子改変マウスの舌では腫瘍の発生が減少した。さらに、細菌感染のシグナル経路の抑制分子MKP-Mの活性をなくしたマウスでは、コントロールより大きな腫瘍が認められた。そして、これらの舌からtotal RNAを取り出し、逆転写PCRおよびreal time PCRを行ったところ、癌原遺伝子であり、肝細胞増殖因子(HGF)の受容体でもあるc-metの発現が、4NQO処理マウスでは多く認められた。一方MyD88遺伝子改変マウスではc-metの発現は少なく、さらにMKPM遺伝子改変マウスの舌ではc-metの発現はさらに多くなっていた。この現象は組織所見と一致する 次に、MyD88ノックアウトマウスの歯肉より線維芽細胞をoutgrowthにより増殖させ培養を行った。そして、癌細胞の成長因子でもあるHGFの発現調節を炎症性サイトカインであるIL1βまたは細菌成分であるLPSにて刺激を行った。これら培養線維芽細胞よりmRNAを取り出し、逆転写PCR及びreal time PCRによりHGF及びc-metの遺伝子発現を検討した。その結果、MyD88ノックアウトマウス歯肉からとられた線維芽細胞は、IL1やLPSによってHGFやc-metの発現の変化はなかった。むしろ、発現の減少も認められた。一方、コントロールマウス及びMKP-M遺伝子改変マウスより得られた線維芽細胞は、従来の報告通りILI及びLPSによってHGFの発現上昇が認められ、コントロールマウスの線維芽細胞ではIL1とLPSのHGF発現における相乗効果も認められた。このことは、MyD88が炎症性サイトカインIL1シグナルやLPSによるTLR-4シグナルの伝達系において重要な役割を果たしていることが確認され、HGFという増殖因子発現上昇においてもMyD88の役割の重要性が示された。 以上のことから、口腔癌においても細菌感染による炎症誘発に関わるシグナル伝達分子MyD88及びJNK1/2が何らかの役割を示していることが明らかとなった。そしてその原因の候補となる分子が、癌細胞の増殖因子であるHGFそしてその受容体であり原癌遺伝子でもあるc-metである。
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