研究概要 |
本研究の目的は、W.B.イェイツの詩劇における舞台表象の複合的な構造を明らかにすることであった。平成18年度においては、まず前年度に研究発表を行った『エマーの唯一度の嫉妬』、『窓ガラスに刻まれた言葉』について、「スピリチュアリズム」、「能」、「サウンド・シンボリズム」という三つの観点から英文の論文にまとめた。『エマーの唯一度の嫉妬』についての論考では、イェイツのいう「対抗的」英雄の表象の両義性を明らかにし、『窓ガラスに刻まれた言葉』についての論考では、その「対抗的」英雄に体現される肉体と精神の葛藤が、後年のイェイツにとって一層深い苦しみになっていくことを、スウィフトの霊の表象を分析し考察した。さらに、『カルバリーの丘』を中心に、上記の三つの観点から「キリスト」の表象を分析し、研究発表を行った。 佐藤容子「Calvaryの舞台表象について」,日本イェイツ協会第42回大会,慶応大学,平成18年9月17日 キリストは、イェイツの神秘哲学体系において「始原的」英雄として「対抗的」英雄の対極に位置づけられるにもかかわらず、『カルバリーの丘』は、「対抗的」英雄クフーリンを主人公とする他の舞踏劇と、本質的には同じ構造をもっており、イェイツにとって最も劇的な瞬間である、己の「反対物」との邂逅が劇化されていることを明らかにした。また「f音」と「b音」を機軸とするイェイツ独特の「サウンド・シンボリズム」は『カルバリーの丘』においても働いており、さらに顕著な側面として、これらの一義的には対立する二音に加えて、そのふたつが衝突する領域に現れる「d音」による頭韻の象徴性が多用されていることを見出した。「d音」は『骨の夢』にも組み込まれているが、すべてが渦中にあることの表現であり、和解に至る道筋ではなく、プロセスの瞬間そのものに劇的緊張をみるイェイツ演劇の脱近代性に密接に結びつく要素といえる。
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