今年度は連合王国とジンバブウェ、ザンビアにおいて社会科学分野におけるHIV・エイズ研究の実態を調査した。それらは大きく分けて二つの方向性を持っている。一つは、社会の慣習や制度とHIV・エイズの感染拡大との関係に関する研究であり、もう一つはHIV・エイズ拡大の社会へのインパクトに関する研究である。 このうち前者の研究では、1)結婚制度(一夫多妻制度や寡婦相続等)、2)宗教、3)社会組織(教会、若者グループ、貯蓄クラブ、政治団体等)、等の違いによるHIV・エイズの感染の違いに関する報告が多数なされている。例えば、一夫多妻や寡婦相続が感染拡大を増大させているとか、イスラム教徒の方がキリスト教徒よりHIV感染者率が低いとか、一部の社会組織例えば金融互助講メンバーの間でHIV感染者率が高いといった事実である。後者の研究では、エイズの発症や死がもたらす影響が検討され、寡婦世帯で、農業の粗放化、農外活動の減少、子供の労働加重、経済的困窮の度合いが激しく、相続や孤児養育が深刻な問題になりつつあることが指摘されてきていることが明らかとなった。 HIV感染阻止の緊急性とエイズ治療の実効性が現実的課題となるにしたがい、HIV・エイズに関する社会科学的研究は、医学的治療研究に対し重要性を失いつつあるように見える。しかし医学的治療自体がもつ社会的影響を考えるまでもなく、治療に関わる政策論的研究は社会的状況の実態把握なしには重大な欠陥を抱えることになりかねないと考える。そのような観点からアフリカ学会におけるシンポジウムや書評の中で、HIV・エイズと社会との関係性の意味についてその重要性を指摘してきた。またザンビアの一農村で見られた「過剰な死」が農業生産にもたらす影響についても論文を取り纏めた。これは来年度に出版の予定である。
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