研究概要 |
本研究の目的は超深海の還元的極限環境に生息するナラクハナシガイについて,共生細菌の代謝機能を明らかにし,環境適応メカニズムを解明することにある.ナラクハナシガイは日本海溝の水深7千メートルを超える湧水域に生息するハナシガイ科二枚貝であり,鰓上皮細胞内に無数の細菌を宿す.この二枚貝は明瞭に系統の異なる2種類の共生細菌を宿し,これら2種類の細菌は鰓内で空間的住み分けを行う. 平成17年度からナラクハナシガイ共生細菌の代謝に関わる遺伝子の探索を試みた.これまで近縁性が指摘されていたシロウリガイ類の共生硫黄細菌の遺伝子配列をもとに,硫黄代謝に関わる重要な遺伝子であるSoxB遺伝子に特異的なプライマーを作成した.PCR条件を調整した結果,平成19年度には作成したプライマーを用いてナラクハナシガイ鰓のトータルDNAから顕著PCR増幅を確認した.このことから,少なくとも2種の共生細菌のうちの1種は硫黄細菌であることが判明し,これまで16SリボゾームRNA遺伝子配列を用いた系統解析のみから推定していた細菌の機能を,機能遺伝子解析によって明確に示すことができた. また平成18年度には代謝遺伝子の局在性を明らかにするための予備実験として,試料の得やすい共生イガイ科二枚貝であるヒラノマクラの鰓を用いた蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)実験を実施した.その結果,固定試薬および時間がFISH結果に大きな影響を及ぼすことを見出した.現状では新鮮なナラクハナシガイ試料を用いて固定処理を行うことは不可能であり,どちらの細菌が硫黄酸化を担うのかを特定するためには大深度に潜航可能な調査機器の再配備を待たねばならない. 本研究では超深海の還元環境に生息するナラクハナシガイ共生システムの代謝機能の一部を明らかにした.硫黄酸化による化学合成が超深海域でも可能であるという事実は今後,共生無脊椎動物の生物地理や進化を考える上でも有用な知見となるであろう.
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