1)甲状腺ホルモンが脳機能の発達に関与することは甲状腺ホルモンの過不足により脳機能発達が顕著に障害されることからよく知られているが、そのメカニズムはほとんど分かっていない。本研究では、甲状腺ホルモンが脳機能発達に重要な役割を果たすと考えられているシナプス可塑性に影響を与える可能性を、発達期ラット視覚野スライス標本を用いて検討した。 2)妊娠8日からラット(Long-Evans)に0.02% methylmercaptoimidazole (MMI)を含む水を飲ませ続け、生まれたラットにも離乳後は同じMMIを含む水を飲ませ続けた。この条件下では甲状腺ホルモンはほとんど存在しないことが知られている。 3)視覚反応の可塑的変化が起こりやすい生後20-25日に視覚野スライス標本を作製し、4層の電気刺激により2/3層に誘発されるシナプス反応を細胞外記録した。 4)NMDA受容体非依存性でT型Ca^<2+>チャネル依存性の興奮性シナプス伝達の長期増強を2Hz、15分の条件刺激により誘発した。長期増強は、正常ラットではほぼ100%の頻度で起こったが、甲状腺ホルモン欠損ラットではその発生頻度は50%程度に有意に低下した。 5)抑制性シナプス伝達のNMDA受容体依存性長期抑圧を高頻度刺激により誘発した。この長期抑圧の大きさはコントロールに比べて甲状腺ホルモン欠損ラットでは約2/3に減少した。 6)この結果は、甲状腺ホルモンは興奮性シナプス伝達のT型Ca^<2+>チャネル依存性長期増強と抑制性シナプス伝達のNMDA受容体依存性長期抑圧の発生を促進することを示している。 7)来年度は、この2種類のシナプス可塑性に対する甲状腺ホルモンの作用が、カルシニューリンの制御を介するものか、あるいは転写調節を介するものかを明らかにする予定である。
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