神経幹細胞は自己複製能を有するとともにニューロンおよびグリア細胞(アストロサイトとオリゴデンドロサイト)への多分化能をもった細胞である。各遺伝子の発現はエピジェネティックな修飾であるヒストンのアセチル化(正)や脱アセチル化(負)により精妙に制御されていることが分かってきているものの、幹細胞分化制御に与える影響についてはほとんど不明である。また最近癩癇治療薬として一般的に使用されているバルプロ酸がヒストン脱アセチル化酵素阻害活性を持つことが報告されている。そこで研究代表者は、ヒストンアセチル化の神経幹細胞系譜制御への影響を調べるため成体神経幹細胞をバルプロ酸で処理したところ、グリア細胞への分化が抑制されつつニューロンへの分化が促進されることがわかった。これは多くの遺伝子発現がヒストンアセチル化の亢進により活性化され、混合された分化が誘導されるであろうという予想に全く反している点で非常に興味深い。さらに代表者はこのVPAによるニューロン分化促進作用はニューロン分化に対して促進的に作用する転写因子、NeuroDの発現が亢進するためであることも明らかにした。ところで研究代表者らはこれまでに神経幹細胞移植により損傷脊髄の機能を回復させるという実験に着手している。本研究ではこのモデル系におけるバルプロ酸併用の効果の検討も目的としており、現在までに安定したモデルの作成と機能評価法を確立した。今後はこれらを駆使して「エピジェネティクス」と「幹細胞制御」を連関づけた治療法開発への可能性を検討する予定である。
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