長期の学習によって、感覚情報により鋭敏に反応できるようになる学習過程を「知覚学習」と呼ぶ。知覚学習の脳内メカニズムに関する現在の定説は、「感覚情報を担うニューロンの感度が、学習の結果、より鋭敏になることで実現されている」というものである。しかし、サル第一次視覚野ニューロンの感度は学習によってほとんど変化せず、個体の学習能力を説明できないことが知られている。そこで本研究では、知覚学習では感覚ニューロンの感度が上がるのではなく、「学習により、情報量の多い有用な感覚ニューロンから選択的に情報を読み出すことができるようになる」という新しい説を検証する。 本研究では、サルがランダムドットステレオグラムの奥行きを答える奥行き弁別課題を学習する過程を行動レベルで追いながら大脳皮質MT野ニューロンの活動を記録し、ニューロンの奥行きに対する感度と、どのニューロンから情報が読み出されるのかを測定した。本年度は2頭目のサルが奥行き弁別を学習する過程を98日間にわたって測定した。1頭目同様、サルの奥行き弁別閾値は学習とともに徐々に下がり、60日過ぎで大きく変化しないようになった。それに対して、ニューロンの弁別間値は学習過程で全く変化しなかった。次に、ニューロン活動からサルの答えを予測できる確率が98日間の訓練によりどのように変化したかを計算した。この確率は最初0.5であったが、学習とともに徐々に上昇し、60日過ぎで大きい値(平均0.56)を示すようになった。すなわち、ニューロン活動とサルの答えとの相関の時間経過は、サルの弁別学習の時間経過と似たものであった。これらの結果は、学習により感覚情報を担うニューロンの感度がより鋭敏になるのではなく、サルが学習の過程で感覚ニューロンから上手く情報を読み出すことができるようになるという仮説を支持する。
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