平成17年度は研究実施計画に記した課題のうち、「(1)人文社会科学分野(歴史学、エスノメソドロジーなど)における<ナラトロジー>の方法的有効性の検証」に焦点を合わせ、歴史学、社会学、経営学の各学問分野におけるナラトロジーの適用可能性について考察を行った。まず歴史学については、1990年代に生起した「言語論的転回」をめぐる論争を手がかりに、歴史的説明が「受容可能性」を基盤にして成立するものであることを明らかにし、歴史叙述とフィクションとの差異を「過去の実在」という理念が「物語り」の展開において統制的に働くことに求めた。その成果は論文「歴史認識と歴史叙述」として発表されている。次に社会学については、社会科学における「実証」の意味を自然科学との対比を通じて検討し、「無視点」で「非人称的」な自然科学的法則とは異なり、社会学に見られる法則的説明は「視点」や「人称性」を不可避的に介在させており、その意味で「物語り」的性格をもつことを明らかにした。その成果は論文「実証主義の興亡」にまとめられている。さらに経営学については、「青森公立大学経営思想研究懇話会」に招かれたのを機に、「物語り論(ナラトロジー)の射程」と題する発表を行い、経営史の記述におけるオーラルヒストリーの方法的可能性について考察し、第一線の経営学者たちとの意見交換を行った。また、論文「人文学は何の役に立つのか」においては、人文学と自然科学の近世初頭における分化過程を歴史的に振り返り、人文学の特徴を「スローサイエンス」という観点から捉え直した。以上の考察を通して、人文社会科学における現象の説明が「人格的相互行為」の理解と解釈を離れてはありえないこと、それゆえ行為の記述方式としての「物語り」を不可欠の要素として含むことを確認することができた。次年度の課題は、それを踏まえながら、「科学的説明」と「物語り的説明」との差異と連関について、言語論および認識論の観点から検討を進めることである。
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