本年度は、主として次の二つの観点から研究を進めた。まず第一に、「不当な生」に関する訴訟(以下、wrongful life訴訟)についての資料収集と問題状況の検討。そして第二に、生命誕生に関する「語り(narrative)」の試行分析である。 第一点に関しては、まず、米国および連合王国の判例をLexisNexis【○!R】Total Research System等を利用して検索・収集し、訴訟自体の状況を把握した。次に、これに関連する議論の状況を把握するため、米国の生命倫理研究拠点や主要ライブラリー(ヘイスティングスセンター、ジョージタウン大学ケネディ研究所、連邦議会図書館)で資料収集を行った。そして、その成果の概要を「研究ノート:Wrongful life訴訟の問題圏(文献解題)」(2006年3月)にまとめた。それによれば、欧米でもWrongful life訴訟については否定的な政策をとる国が多いが、この種の訴訟では「存在と非存在の比較」が求められるのかという点を中心に議論は分かれている。さらに、障害学研究や家族法研究、遺伝カウンセリングの課題などに関連し、Wrongful life訴訟の問題圏は大きく広がっている。 次に、第二点に関しては、生命誕生を主題とする講義において多数の学生たちから寄せられたコメントを整理・分類し、その特性を試行分析した。また、その方法と成果は、'論文「「出生前の可能性」に関する思考の諸傾向(試行分析)」(2006年3月)にまとめた。その一部を紹介すると、自分自身の誕生を「運命」と捉える学生の場合、他者による介入を重要視し、「人格影響的(person-affecting)」な見方をする傾向が強い。逆に、それを単なる「偶然」と捉える学生の場合には、「非人格的(impersonal)」な見方が強い。そして、今後、このような視点から障害を持つ人の「語り」を分析していく上で、重要な協力者となるであろう当事者を修士講座に受け入れたことを付言しておきたい。
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