仏教における空間表象の比較研究のための素材として、マンダラを取り上げ、重点的に研究を行った。とくに、インドにおける成立と機能をふまえ、日本における伝播と変容を明らかにすることで、日本とインドの空間のとらえ方や来世観、他界観の相違を解明した。その要点をまとめると、(1)インド密教のマンダラは経典に説かれるシステムを前提としているのに対して、日本に流布したマンダラの多くは、このようなシステムを必要としていないこと、(2)日本人にとって、世界を表現する場合、何らかのシステムや原理から出発するという発想がなかったこと、そして(3)日本においては「世界」がシステムによって構築されるかわりに、われわれ自身が住む現実の世界や、それをふくむ輪廻の世界が登場したことである。さらに、世界をわれわれの生まれ変わる輪廻の世界と見なすことからは、そこからどのように救済されるかという問題が、日本ではマンダラに込められることになることも指摘した。これらをさらに簡単なフレーズでまとめると、日本におけるマンダラの展開は「抽象的な原理から具体的な空間へ」「神の視点から人間の視点へ」「悟りの世界図から救済の道筋へ」となる(くわしくは「日本人はマンダラをどのように見てきたか」『点から線へ』参照)。 このほか、インドのエローラ石窟を取り上げ、その尊像配置のプログラムが、従来言われているように、密教のマンダラを背景とするのではな-く、大乗経典、とくに『無辺門陀羅尼経』と密接な関わりがあり、大乗仏教の神変の様子を具象化した可能性が高いことを明らかにした(「エローラ第11、12窟の菩薩群像」『金沢大学文学部研究論集 行動科学・哲学篇』)。
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