18年度の研究実績は次の三点に集約できる。第一には、本研究課題である明治・大正・昭和初期に於いて陽明学運動を中心的に担った人物の年譜研究の成果である。「高瀬武次郎年譜稿」「石崎東国年譜稿」である。先に明らかにした「東正堂年譜稿」と併せて、当時の陽明学運動の実態が相当に判明したが、引き続いて「宮内黙蔵年譜稿」「生田正庵年譜稿」を作成中である。中にあって「吉本譲年譜稿」の草することが肝要なのだが関係資料をまとまった形で未だに見いだせていない。待考。第二点は江戸期の盤珪禅師の不生禅と王陽明の良知心学の関係を考察して、近代期の陽明学の哲学資源の現代的意義を考察する上で貴重な視点を見いだしたことである。不生禅と良知現成論の哲学的価値を見たことにより明治期の陽明学が特に石崎東国が主幹した大阪の陽明学運動に画期的な展開を示していることが明らかになった。また明治末年に刊行された山田方谷と其の門人たちの『師門問弁録』の内容が、人間存在をありのままに全面肯定した上で次の一歩を立ち上げる臨床倫理学を提案していることが、現代哲学として応答する内容であることが明らかになったことである。第三点は、年譜研究を遂行している中で、所謂儒学者に限らずに、例えばクリスチャンや社会主義者、あるいは国体論者など多彩な分野で、中国哲学の資源が陽明学に集中して活学されていることが明らかになったことである。その成果はもはや歴史的な意味をしか持たないものもあるが、しかし、中には瞠目に値するものがある。19年度の研究課題である。
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