本年度は、宮崎駿『風の谷のナウシカ』(1984上映)を中心に研究した。当初、日本文化が反映していると想定される『千と千尋の神隠し』と『もののけ姫』を取りあげる予定だったが、『ナウシカ』の英語吹替版が、2005年3月にアメリカで発売されたため、宮崎駿の初期作品の分析と字幕・吹替版との比較対照を研究課題にしたのである。(韓国語吹替版も同時に入手した。) 『ナウシカ』の特徴の一つは<役割語>である。この作品には、性別・年齢・階層の差異に応じた典型的な<役割語>が見られる。しかし、トルメキアの王女がまったく女性語を用いず、つねに司令官としてふるまうのにたいして、主人公・風の谷の王女ナウシカは、日常的には女性語だが戦闘場面では男性語も用いるという点で、特徴的な役割を演じているのである。 このような言語的特徴をもつ作品が海外でどのように受容されるのか。この点について字幕と吹替版の分析をしたところ、わかってきたことは、つぎの点である。 英語吹替版では<役割語>の特徴をそのまま反映しているわけではないが、たとえばナウシカの師匠に当たる剣の名手ユパの声優にイギリス人を登用することによって、沈着冷静な脇役という役割を示そうとしている。また、韓国語には日本語の待遇表現との類似性があるにもかかわらず、韓国語吹替版では、ナウシカの用いる男性語が避けられる傾向がある。これは<役割語>の特徴を把握していないからではなく、むしろ韓国における文化政策の影響が大きいのではないかと思われる。 宮崎駿の作品は世界各国で広範に支持されている。その受容の実態を検討するためには、映像翻訳論をたんに翻訳研究の延長上に位置づけるだけではなく、さまざまな研究方法との横断的な交流が不可欠であることがますますはっきりとしてきた。今後は共同研究の可能性を意識しながら、データベースの構築と共有をめざしていきたい。
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