今年度は、健康改革運動の中でもなぜ水治療が広がり、また、そのブームがなぜ急速に終わっていったのかを解明すべく、1840年ごろから南北戦争までのアメリカ社会の動きを歴史的に概観することに力を注いだ。購入した書物の多くは、1850年前後の社会改革運動やそれに何らかの形でかかわった文人たち(特にホーソーンやソロー)やその思想、および南北戦争に関わるものであった。南北戦争前後の社会改革の動きを追うことによって、徴兵制導入の実態やその背景にある人種問題、移民問題まで関心が広がったため、今年度はとりあえず、自分にとって最も身近な作家であるヘンリー・ジェイムズが水治療を受けるきっかけとなった怪我の原因と、彼の南北戦争中の行動と周辺の社会状況を調査することで、彼が療養を必要とした本当の理由を探ることにした。 この目的を達成するため、2005年夏にはボストン(公共図書館、ハーヴァード大ワイドナー図書館)とニューヨーク(公共図書館、歴史協会図書館)で資料収集を行った。次々と徴兵される貧しい無力な移民と、兵役を逃れることが可能だった富裕層(ジェイムズも含む)、仲間の解放のために命をかけた黒人兵士らの間にあったさまざまな確執を見ると、愛国心、正義感、エゴ、罪悪感、移民差別、人種間の対立など、アメリカ社会が持つ歪みがすべてのアメリカ人にとって大変なストレスとなってのしかかっていたことが浮き彫りになった。そして、健康改革運動は人の心身だけではなく社会の歪みを矯正するために必須であったらしいことがわかってきた。 今年度は論文発表には至らなかったが、調査結果にもとづいた口頭発表を研究会で行った。来年度は、実際に水治療にかかわった医師たちの思想や生き方、彼らと文人たちの交流を調査する予定であるが、学会発表がすでに決まっており、論文も執筆中で投稿の予定があるので、今年度よりは具体的な成果が期待できると考えている。
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