言語に関する事実、とりわけ、mood(あるいはmodality)を伴う事実を正しく捉えるためには、統語的な要因のみならず語用論的な要因をも考慮する必要があるとの研究指針に基づき研究を行った。具体的には、英語と伊語における補文化辞消去に関する事実にはmoodが関わっているとの立場に立ち、Hiroe (1999)において提案した「復元可能性の条件(Recoverability Condition:RC)」と、新たに「法階層(mood hierarchy:MH)」を仮定すれば正しく捉えられることを明らかにした。RCは最新の文法モデルで仮定されている、LFインターフェイス条件のひとつ「判読可能性の条件(legibility condition)」に相当する。MHとは、個別言語ごとに異なる、言わば「運用上の要請(performance requirement)」に相当する、まさに語用論的な条件であり、本研究の指針を支持する経験的な証拠足りうることを主張した。さらに、英語と伊語のみならず、補文化辞消去に関する事実の調査を英語と同じGermanic言語である独語、伊語と同じロマンス語の仏語・スペイン語に拡大し、詳細な事実観察のレベルでは多少異なるものの、独語・伊語・スペイン語では英語とは対照的な振る舞いを示すという記述的な一般化を得た(英語では義務の仮定法で従属節がマークされている場合補文化辞消去は許されない一方、独語・伊語・スペイン語では逆に許される)。 本研究が対象としている補文化辞は、語用論的領域との掛け橋でもあるため、語用論的事実に対応する補文化辞構造が提案される傾向にあり、特にヨーロッパ言語を中心とした研究の結実がRizzi et al.(2005)であった。しかしながら、本研究の指針を大枠で包摂している「極小主義(Minimalist Program)」の作業仮説として中心的な役割を果たしている「経済性(economy)の原理」に照らし合わせて、Rizzi et al.において補文化辞構造を下位構造に分割していく試みは、記述的一般化を満たすだけの構造の仮定であり十分説明的ではないとの警鐘を鳴らした(Hiroe (2006c))。
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