1.バイチュムの解読・分析 (1)既刊のバイチュム翻字本(現代タイ文字版)2冊を比較検討しつつ、ビエンチャン王国およびルアンパバーン王国から地方の首長国に送付された「命令書」を始めとするバイチュム29通について現代ラオス文字への翻字を試みた。 (2)既刊翻字本の問題点(2冊の翻字本間の不一致、翻字者の読み違い等)を解決するとともに、上記翻字本に収録されていないバイチュムの筆写を行うため、タイ国立図書館において原本およびマイクロフィルムの調査を行った。少なくとも2巻保存されているはずのマイクロフィルムのうち、1巻しか発見することができず、発見できたフィルムも保存状況が劣悪だったため、前項(1)の翻字済みバイチュム29通のうち、マイクロフィルムから複製を印刷出来たのはわずか4通であった。 2.ラオス・ホアパン県における現地調査 バイチュムに記された地方の小首長国の領域が、当時の地方統治においてどのような意味を持っていたのかを検討するため、ラオス東北端ホアパン県において現地調査を行った。今回はエート郡、シェンコー郡およびソップバオ郡において、バイチュムの中で首長国の「境界線」として列挙されている古地名(山、崖、洞窟、川、浅瀬、沼など)を村人たちが知っているかどうか、バイチュムのような古文書がどこかで保存されていないか、村の歴史がどのように伝承されているかなどにつき聞き取り調査を行った。新史料の発見には至らなかったものの、かつての首長国ムアン・エートの領域は、北はベトナム領内、南はホアパン県南端近くにまで及んでおり、これは現在のエート郡の行政区域をはるかに越え、ホアパン県の面積と同等か、もしくはこれを上回るほど広大だったことが明らかになった。これはこれまで筆者が想定していた「王国政府と多数の小首長国によって構成されるラーンサーン王国」という図式に再考を促す結果となった。
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