3年度にわたる研究の最終年度として、本年は、個人情報保護法施行後の新たなプライバシー保護の問題状況に焦点を当てた。具体的には、いわゆる「住基ネット」の運用差止めや離脱を要求する各地の訴訟の資料を収集し、自己情報コントロール権を制度化したものと解されている個人情報保護法制とはいわば逆行する形をとるところの住基ネットとプライバシー保護の整合性について考察を深めた。その一端は、単著「公共空間とプライバシー」(岩波講座憲法2(193-225頁)、2007年8月、岩波書店)に公表する機会を得ている。氏名・住所・生年月日・性別といった「基本4情報」は、本人同定のための基本的な個人情報であり、それ自体の秘匿性が仮に高くないとしても、基本4情報と対応する住民票コードを介して、さまざまの行政活動上得られた個人情報が特定個人ごとに「名寄せ」され、蓄積や分析が容易になる。仮にあらゆる行政機関が保有する個人情報が一元管理されることにでもなれば、個人の内面の全貌を示す「データフォルダ」(個人データの集積場所)が行政側に設けられ、あたかも行政が個人の人格の「ミラーサイト」(個人の内面と同様の内容を反映した行政側の個人データベース)を構築しうるかのような格好になる。これでは、公権力の干渉から免れた個人の自律的領域(私的領域)の確保は、表面的にしか実現されないこととなり、実質的にみて、個人の自律が不可能となる。個人情報保護法が個人識別情報の適正管理を命じている趣旨には、こうした秘匿性の高くない基本4情報であっても、その蓄積が個人の内面に及びうるという懸念が込められていたのであり、行政内部の符号としての住民基本台帳番号の使用であっても、大量の電算処理により、こうした危倶は容易に現実化しうる。本年度は最終年度として、個人情報保護法の理念が住基ネットなどの行政内部での進行により妨げられつつあることを見た。
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