研究概要 |
前年度のデンマーク滞在によって得られた知見や資料の分析から,1990年代におけるデンマークの「奇跡的な」経済回復と失業率低下(「デニッシュ・ミラクル」)の背景には,「若者の教育と活性化(activation)」政策の推進があったことが明らかになった。論文「ニートとNEET,ニートのいない国」は,当面のデッサンながら,近年の日本の若者の失業問題やニート問題,それに対する政府の政策と対比して,この「奇跡」を導いたデンマークの「教育と活性化」政策の特質を検討したものである。本年度のデンマーク滞在(平成18年9月)の際には,本論文の草稿を携えてロスキレ大を訪問し,青年期教育を専門とするレナ・ラールセン,カミラ・フッター,労働者教育を専門とするフィン・ソマー等の研究者にインタビューを行い,「活性化」政策の意義とその後の問題状況について意見交換を行った。また,今回の滞在では,現在のデンマークを代表する教育理論家と目されるクヌド・イレリス教授(デンマーク教育大)へのインタビューが実現でき,デンマークの青年期教育が位置づけられる理論的文脈について重要な教示を得た。 本年度のもう一つの研究成果は論文「ナラティブ・プラクティスの政治学」である。ガーゲンらの心理学者やセラピストは「ナラティブ・プラクティス」を掲げ,社会構成主義の観点から,現代社会の蔓延する心理学的困難を克服しようとしている、その考えは,しばしば臨床心理的病理を伴う現代日本の青年期の困難を検討する上でも有効であると思われる。本論文は,社会構成主義の観点から,日本の若者の青年期にアプローチする研究の第一歩として位置づけられる。そして,実に本論文で注目した社会構成主義は,「学力世界一」として注目されるフィンランドの教育改革を主導する概念でもあった。そこで本年度は,デンマーク滞在後にフィンランドにも立ち寄り,国家教育委員会のラウッカネン教授,ヘルシンキ大学のラヘルマ教授にインタビューを行い,フィンランドの教育改革の「成功」と社会構成主義の考え方について説明を受けた。 デンマークの「奇跡」とフィンランドの「成功」,社会構成主義の理論。なお漠然としたものながら,本研究課題は,それらの現実と理論との間で一つに焦点を結び始めている。
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