平成17年度、18年度でほぼ基本的な資料を蒐集できたので、本年度は専ら蒐集した資料の整理と分析及び日本留学経験者の日本における生活環境とその後の足跡と調査・研究をおこなった。具体的には、明治専門学校を出て九州帝国大学に進学し、後に中国共産党を代表する文芸評論家となった夏衍や、10歳で来日し、一般の日本人児童生徒ともに日本語教育を受けた後九州帝国大学医学部を卒業し医師となった陶晶孫など、様々な異なる環境で「日本」を経験した中国人留学生の書き残した資料を分析した。18年度に主として取り組んだ留学生文学の研究とも一部重なる部分もあるが、昨年度の研究が幅広く網羅的な留学生文学の分析を目指したのに対し、今年度は主として第二次世界大戦前の日本留学経験者にスポットを当てて研究をおこなった。その結果、1980年代以降の留学生文学には、経済的な苦しみやビザや保証人をめぐる悲喜劇、日本社会に溶け込めぬ悲哀や目本人との人間関係に対する違和感を強くにじませたものが多い傾向があるのに対し、第二次世界大戦前の中国人留学生の作品には、日本人との相違に戸惑う姿は思いのほか少なく、日中の狭間でどう生きていくべきかに苦悩する姿がより印象的であった。昨年度併行して研究していた戦前の台湾文学の研究と照らし合わせるならば、戦前の台湾人作家が日本社会と折り合いをつけながら自身のアイデンティティを懸命に守っていこうとする姿と共通するものが戦前の中国人留学生の作品中から窺うことができた。こうした研究成果は、20年度後期の中国語中国文学特殊講義に活用した後、論文として発表する予定である。
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