研究概要 |
本研究の目的は,エルゴード理論と計算理論の境界領域に位置づけられる未解決問題のいくつかに挑戦し,その過程を通じて統計力学を数学的に基礎づけるための新たな方法論を模索することにある.本年度の主な研究成果は以下の通りである. 1.アルゴリズム的Shannon-McMillan-Breimanの定理:データ圧縮の文脈で最も基本的な定理の一つであるShannon-McMillan-Breimanの定理のアルゴリズム版を詳細に検討した.アルゴリズム的Shannon-McMillan-Breimanの定理は,V'yuginにより1998年に部分的に証明されたが,その証明は長く面倒であった.本研究では,定常エルゴード確率測度μの有限次Markov近似とエントロピーレートの単調収束性にもとづき,(エントロピー密度)/nの上極限がエントロピーレートH(μ)以下にならない無限データ系列を棄却するMartin-Loefランダムネステストを具体的に構成するという方法により,V'yuginの証明よりもはるかに簡単な別証明を与えた.しかし,V'yuginの原論文においても未解決であった部分,すなわち(エントロピー密度)/nの下極限がエントロピーレートH(μ)以上になる,という部分の解決には残念ながら至っていない. 2.ランダム系列集合からなる集合の距離構造の研究:ランダム系列集合からなる空間の情報幾何構造の研究に向けて,本年度は無限2進系列集合上のHamming距離が,ランダム系列集合間の距離構造を定めるか否かについて検討を行った.しかしながら,シフト不変関数がほとんど至る所定数関数となる,という周知の事実のアルゴリズム版の証明に難航し,現在のところ,距離構造の誘導可能性について,決定的な結果は得られていない.
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