研究概要 |
本研究の目的は,エルゴード理論と計算理論の境界領域に位置する未解決問題に挑戦し,その過程を通じて熱力学や統計力学を数学的に基礎づけるための新たな方法論を模索することにある.本年度の主な研究成果は以下の通りである. Vovkのランダムネス基準は2つの異なる計算可能な確率測度に対して同時にランダムになる無限列を特徴づけるものである.この基準の特徴的な点は,尤度比検定に基づく標準的な基準に比べ,Hellinger距離という確率空間上の幾何学的な量で書かれることにある.この事実は,通常は確率測度からなる空間に微分幾何構造を導入する情報幾何学的アイデアが,個別の観測データ系列からなる空間にも導入できる可能性を示唆していると見なすことも可能である.そこで本研究では,より広いクラスの擬距離構造を与えるαダイバージェンスに対してVovkのランダムネス基準を一般化することを試み,実際に-1<α<1の場合に拡張可能であることや|α|≧1の場合には拡張できないことを明らかにすると共に,その幾何学的意味について,与えられた2つの計算可能な確率測度をつなぐ指数型測地線の延長可能性と関連づけられることを見いだした.ここで得られた結果は,力学系のランダムネスの階層構造をアルゴリズムの観点から特徴付けることにただちに直結するものではないが,それでも従来は見落とされてきたランダムネス理論における幾何学的構造を明らかにした意義は大きく,将来の研究の発展に向けてのコーナーストーンとなる可能性を秘めていると考えている.
|