全スピンSが0に組んだ2個の粒子があるとき、片方の粒子のスピン方向を任意の量子化軸で測定すると、他方のスピンは同じ軸に関して必ず逆方向で観測される。どうして第2の粒子は第1の粒子の測定方向を知るのか、というのがEinstein-Podolsky-Rosenパラドックス(のBohm版)である。量子力学の与える結果が正しいことはすでに確かめられているが、その解釈については今も議論が行われている問題である。本研究は、この問題に切り込むひとつの手段を与えるとともに、その現象を利用して個々の粒子のスピン方向が既知でありながら全体としてはスピン方向に偏りのない陽子ビーム(スピン標識化ビーム)生成の可能性を探るものである。 キーポイントは、偏極分解能Ayが1である散乱の利用である。一般に粒子はあらゆる方位角方向に散乱されるが、Ayが1であるとスピンが散乱平面垂直方向を向いた粒子は右左どちらか一方にしか散乱されない。逆に個々の散乱に応じて散乱平面垂直に量子化軸を定めると、粒子のスピン方向がこの量子化軸に対して一意的に定まることになる。この現象と、低エネルギーで散乱した陽子対がシングレットに組んでいることを組み合わせて、上記標識ビームを生成する。本研究ではキーとなるAy=1の散乱測定系(偏極度計)を設計・製作した。散乱体には約10Kに冷却した4Heを利用、全方位角を8分割したシンチレータで散乱陽子を検出する構造である。標識化ビームの実用化には今後ビーム強度増強のための努力などが必要であるが、タンデム加速器でテストを行って、ほぼシミュレーション通りの性能が実現していることを確認した。
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