ヘリウム3の原子核はスピンに依存した大きな中性子吸収断面積を持つ。これを利用した中性子スピン・フィルターが各国で研究されているが、十分高い偏極率や長い緩和時間を得ることが非常に難しく、中性子散乱実験での実用例は多くない。本研究は中性子散乱実験での実用化を目指したヘリウム3偏極装置の高性能化、特に偏極緩和時間の延長化について研究を行うべく、ヘリウム3スピンの緩和時間を低温領域で測定し、その温度依存性を研究する。偏極ヘリウム3核は、主としてセル壁面での壁緩和とヘリウム3核同士のスピン相互作用により緩和が進むので、低温にすれば両散乱頻度が減少し、緩和時間の延長が期待できる。しかし、ガラス壁面ではヘリウムが透過・拡散するため、必ずしもこのように単純な現象のみではなく、低温での偏極緩和現象を調べることは偏極装置高性能化へ向けた重要な基礎研究となる。 本研究では、室温以下・150℃までの領域でヘスピン緩和時間を測定した。様々なセルについて緩和時間を測定したところ、全体的な傾向として、温度の上昇とともに緩和時間が長くなり、室温近傍(-50℃から30℃)で最長になることが見出された。緩和時間の温度依存性は、低温領域ではヘリウム原子のガラス表面への吸収(absorption)、そして高温領域では吸着(adsorption)として、本研究の結果を定性的に説明できうるが、緩和時間の変化は、ガラスの吸着エネルギー(activation energy)からの予想に比べ大きく異なっている点は理解できていない。 本研究では緩和時間が最長になる温度が、セルごとに多少異なることを見出した。緩和時間の比較的長いセルは低温側で、また緩和時間の短いセルは高温側で緩和時間が最長になる。これを利用して、緩和時間が最長になる温度にセルを保てば、偏極ヘリウム3をより有効に活用することが可能となる。
|