研究概要 |
理論的な予測に基づき,「電磁波誘起透明化」(Electromagnetically Induced Transparency, EITと略)と呼ばれる物理現象を,単一光子(ガンマ線光量子)レベルで実験的に検証するのが本研究の目的である。メスバウア分光法におけるガンマ線の共鳴吸収,原子核準位のLevel-mixingを利用して,EITの起こりうる条件を^<57>Feのメスバウア遷移において探索し,理論の検証実験をめざした。 メスバウア測定に使う吸収体として,本実験試料として要求される条件(c軸対称の四重極相互作用,磁気的相互作用を有する鉄(II)の化合物の単結晶)にあった鉄化合物の探求を行い,FePSe_3の単結晶を作成することが出来た。薄い板状4mm角の光沢のある結晶は,粉末X線構造回折の結果から,R3構造に由来する回折パターンを示し,過去に報告された研究と同じ結果となったことから,FePSe_3の純物質であると判断された。その単結晶を吸収体にして,室温から20Kまでの温度範囲でメスバウア効果の測定を行った。結晶のc軸に平行にγ線を入射させることによって,測定温度を下げてゆくことで反強磁性に転移した後の磁気分裂ピークは,6本の吸収線のうちΔm=±1の遷移のみが観測されることとなり,4本のピークからなるスペクトルが得られる。そのうちのEITで問題となる|I=3/2,m=+1/2>と|I=3/2,m=-3/2>の準位交差による,基底準位のm=-1/2から第一励起準位のm=+1/2およびm=-3/2への2つの遷移,すなわち(-3/2,-1/2)と(1/2,-1/2)が重なる温度を探した。結果的には,温度を次第に下げてゆくと,2つのピークはかなりよく重なるところまでゆくが,最も低温の20Kにおいてさえも完全に重なるまでには至っていないと結論された。しかし,互いの強度及び線幅が等しいとするダブレット2組で観測されるスペクトルが成り立っていると仮定したスペクトル解析からは,ピーク同士が重なっている領域における吸収が30%減少していると見積もられた。以上の結果から,FePSe_3はEITをγ線レベルで実験的に検証できる系として,なお研究対象となる可能性がある。
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