本研究では、これまでの定説とは異なるシカの繁殖戦略を、実証することを目的とした。 アカシカやニホンジカなど、繁殖なわばりをつくる大型有蹄類の繁殖戦略では、オスは順位の高い個体が繁殖をほぼ独占するのにたいして、メスは積極的な配偶者選択はおこなわず子に対する投資のトレードオフで適応度をあげる、と考えられている。しかし、これとは異なる戦略が存在する可能性を検証するために、本研究では金華山島のニホンジカの交尾行動を観察し、遺伝子分析によって繁殖成功度を測定することを試みた。2005年10月に15日間にわたり、共同研究者とともにニホンジカの繁殖期の行動調査を実施した。特に、西北部の黄金山神社を中心とする地域において、識別個体の行動追跡をおこなった。その結果、約40個体の識別が可能であった。夜間の行動追跡は、計画当初に予定していた暗視装置ではなくスポットライトを照明として行ったが、今回の対象個体では十分に追跡を行うことが可能であった。その結果、なわばりオスの縄張りサイズは昼と夜で変化しないものの、行動圏は夜に縮小する傾向があることが明らかになった。さらに繁殖期初頭の社会的ランクが高いなわばりオスは交尾回数が多いことが確認できたが、その反面、繁殖期終盤にはいると、ランクの交代がおこるので、スニーカーであったオスでも繁殖成功をえることが認められた。一方、メスは能動的交尾(能動的な配偶者の選り好み)と受動的交尾があることが確認された。どちらの交尾様式を選択するかは、相手のオスのランクなどによるものではなく、同じ個体で時間経過にしたがい、変化していた。したがって、当初の予想どおりメスの能動的な交尾行動はあると思われるが、なぜ、そのような行動が成立しうるのかについては明らかではない。能動的交尾が適応度をあげている可能性について、今後、追跡個体の繁殖成功を測定することによって、検証する計画である。
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