今年度(平成18年度)は、個体ごとの繁殖期の18年11月と19年3月の2回にわたり、宮城県金華山島で、センサス、遺体回収、日中と夜間の個体の行動観察をおこなった。夜間の調査にはスポットライトを使用した。19年3月の調査では、生体捕獲をおこなって、遺伝子サンプルを採取した。さらに、研究協力者である南正人および大西信正(NPO法人ピッキオ)から、個体の生涯履歴データの提供をうけて、個体の遺伝的多様性と出生体重(適応度に関連する形質と考えられる)との関連について、一般化線形モデルによる解析を行った。個体の遺伝的多様性(individual heterozygosity)の測定には、マイクロサテライト9遺伝子座をマーカーとして用いた。サンプル個体として、1994年から2004年までに生まれた仔ジカ68個体を用いた。説明変数として、遺伝的多様性のほかに、仔ジカの性、3月の母ジカの体重、母ジカの前年出産の有無、出生時期である4月の平均気温、を用いてモデル選択をおこなったところ、最も低い赤池情報量基準値を示す回帰モデルは、個体の標準化されたヘテロ接合度、母親の体重、仔ジカの性、4月の平均気温を説明要因とするものであった。さらに、仔ジカの性別により再解析をおこなったところ、オスの出生体重に対しては個体のヘテロ接合度が影響を及ぼす可能性が示唆された。一方、メスの出生体重に対しては、ヘテロ接合度の影響は認められなかった。本研究では、当初の作業仮説であるメスの能動的な配偶者選択を実証することはできなかったが、オス、メスともに個体の遺伝的多様性自体が繁殖成功度の決定要因となることを示すことができた。以上の結果は、Clutton-Blockらが提唱する遺伝的多様性と適応度との関連を、支持するものと考えられる。
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