リン脂質は細胞膜の構成成分として位置づけられてきたが、リガンドとしての脂質、酵素基質としての脂質、タンパク質のモジュレーターとしての脂質、膜動態の変換を司る脂質、タンパク質の局在化シグナルとしての脂質など、非常に動的なシグナル発信分子としての役割が判明してきている。そこで、「イノシトールリン脂質からのシグナル発信」をキーワードに、リン脂質によるシグナル発信の"きっかけ"は、細胞内・細胞間の不均等性、極性の創成であることを証明することを目的とした。 PLCはリン脂質代謝の要の酵素であり、リン脂質の局所的な動態を制御している。そこで第一に極性の高い表皮細胞分化におけるPLC δ1の機能解析を行なった。申請者らはPLC δ1遺伝子欠損マウスを作製し、PLC δ1遺伝子欠損(KO)マウスの表皮では異常増殖が生じ、毛包の中程のbulgeに存在する表皮幹細胞が、毛包に分化できず、その代わりに表皮と脂腺に分化することが原因で、ヌードマウス様の毛のないマウスが生まれる事を明らかにしてきた。今回皮膚幹細胞の分化異常のシグナルを明らかにする目的で、マイクロアレイを行った所、表皮のケラチンであるmHa3の発現が低下していることを見出した。mHa3はヌードマウスでも発現が低下していることが報告されている。そこでPLC δ1 KOマウスとヌードマウスの類似性を調べた結果、毛包の形状が酷似していることが電顕で明らかになった。またヌードマウスは転写因子Foxn1の変異が原因であるが、Foxn1を細胞で過剰発現すると、PLC δ1が誘導されること、更にヌードマウスではPLC δ1の発現が毛包で著しく減少していることが、in situ hybridizationで明らかになった。PLC δ1タンパク質の発現低下も同様に確認された。以上のことから、毛包の形成においては、Foxn1→PLC δ1→mHa3というシグナルの流れが存在することが判明した。このことは極性を作り出す表皮において、PLC δ1を介したリン脂質代謝が重要な役割を担っていることを示している。
|