研究概要 |
本研究は『中枢神経系においてD-アミノ酸酸化酵素(DAO)が、脳内D-セリンの代謝を司るキーエンザイムであり、本酵素活性の上昇が、グルタミン酸ニューロンにおけるコアゴニストであるD-セリン濃度を減少させ、統合失調症発症の一因となる』ことを提唱し、その検証を研究目標とした。そこで本研究では、ヒトDAOの立体構造を明らかにするとともに、フェノチアジン系を代表する抗精神病薬であるクロルプロマジンによる、ヒトDAO阻害機構の解析を行った。 ヒト酵素の結晶構造(三次元構造)をX線結晶解析により25オングストロームの分解能で決定した。ヒト酵素はブタ酵素と同様に二量体(39kDaが二分子)を形成しており、反応に重要な残基はFADのフラビン環のre面においては完全に保存されていた。しかしながらフラビン環のS面において、一次構造が完全に同一であるにも関わらず、疎水性ストレッチ(残基47-51,Val-Ala-Ala-Gly-Leu)の主鎖の構造がブタ酵素と比べて大きく異なっていた。このようにグリシンを含むペプチドには環境依存性に「主鎖の構造の多様性」が存在し、Structurally ambivalent peptide (SAP)として知られている。以上のことから本酵素にもVAAGLストレッチにおける"構造のゆらぎ"が存在し、ヒト酵素に特徴的な酵素化学的性質の一因として考えている。 クロルプロマジンによる、DAOに対する阻害作用は、既にブタ酵素において、FADに対する拮抗阻害であることが報告されているが、ヒト酵素において検討したところ,同様に阻害作用を示すことが明らかとなった。さらに、クロルプロマジンが投与患者において光線過敏症を引き起こすこと、また紫外線やペルオキシダーゼ等によりラジカルを生じることから、生体内でより強い阻害剤に変化する可能性が考えられた。そこで、本薬剤に白色光を照射して阻害活性の変化を検討したところ、本酵素に対する阻害活性の上昇が認められた。
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