脊髄損傷は高度の運動機能障害と長期にわたる闘病を患者に強いるだけでなく、社会的・経済的にも深刻な問題となっているが、その治療法は未だない。損傷脊髄には脱髄病変が存在すると考えられ、軸索信号の伝播に必須であるはずの髄鞘形成が障害されており髄鞘形成を誘導することで、軸索再生を促すことができる可能性がある。本研究では脊髄損傷の病態を髄鞘形成の異常として捉え、髄鞘の形成メカニズムを解明することによって新たな治療ターゲットを見出すことを最終目的とする。主に末梢神経における研究から、髄鞘形成細胞の初期分化マーカーである、髄鞘関連糖蛋白(myelin-associated glycoprotein : MAG)が髄鞘形成初期に発現上昇を示し、かつ、その発現を誘導する遺伝子操作を行うことにより髄鞘形成が促進されることが報告されている。そこで我々は、脱髄神経の再髄鞘化機構を解明するうえで、MAGの発現調節を明らかにすることが重要であると考え、MAG発現の転写レベルでの調節を検討した。ラットMAG遺伝子のプロモーター解析により、同遺伝子プロモーターのシスエレメントを同定した。判明したシスエレメントをベイト配列に用いた酵母ワンハイブリッドスクリーニングにより、シスエレメントに結合し転写活性を高める新規のリングフィンガーファミリー蛋白(RNF)を同定した。このRNFの強制発現により、MAGプロモーターのルシフェラーゼ活性は上昇しMAG転写の活性化が証明された。また、RNAi技術を用いて、シュワン細胞でのRNF遺伝子発現をノックダウンしたところ、MAGプロモーターのルシフェラーゼ活性は低下し、MAGの発現はメッセンジャーレベルでも、蛋白レベルでも低下していることが確認され、RNFはMAGの発現に必須の因子であることが示された。またRNAiによりRNF遺伝子が抑制されたシュワン細胞は、ニューロン・シュワン細胞共存培養で髄鞘を形成せずRNFがMAGの発現調節だけではなく、シュワン細胞の分化・髄鞘形成に重要な役割をしていることが明らかとなった。
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