研究概要 |
水晶体細胞は高濃度のクリスタリンを細胞質に有することで高い屈折率を獲得する一方、透明性を維持するためにクリスタリン分子の近距離秩序を保っていることが報告されている。中でも全クリスタリンの50%以上を占めるαクリスタリンの凝集・配列は水晶体の透明性獲得に極めて重要であり、その規則性はX線回折像解析によって明らかにされてきた。我々は大型放射光施設SPring8を用いた実験において発達段階の水晶体の透明性獲得機構を分子レベル(αクリスタリン分子)から組織レベル(前眼部組織)まで縦断的かつ統合的に解明するために、出生後5日、10日、15日のラット水晶体を用いてX線回折像の観察と水晶体タンパク濃度測定を行った。X線の波長は0.1nm、水晶体の温度は37℃で行った。出生後5日、10日ではクリスタリンが存在するにも関わらず散乱のみでX線回折像が得られないが出生後15日には明らかな回折像(〜15nm spacing)が得られるようになる事を確認した。また、水晶体のタンパク濃度はそれぞれの生後日数にて274.4±39.6,347.4±41.6,569.0±60.7[mg/ml lens volume]であり、生後5日から10日にかけて水晶体細胞内のタンパク濃度が著明に上昇し、これと同時期にX線回折像が出現していることがわかった。この結果は、この出生後10日から15日の数日間に何らかの要因によってαクリスタリンが規則的に凝集・配列したことを示唆している。この時期は新生ラット水晶体前部にある瞳孔膜(発達期水晶体を栄養する血管網)の消退時期と一致しており、水晶体内での分子構造変化の要因として、水晶体を取り巻く前眼部組織が水晶体のいわば"環境因子"として重要な働きをしているのではないかと考えた。
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