文化財保存科学の研究分野では、(i)文化財を構成する材料と製作技法を科学的に解明すること、(ii)文化財を活用しつつ、さらに次世代へ伝えていくためのより良い保存環境を追求すること、が重要な研究課題であり、そしてこれらのテーマはお互いに密接な関係がある。しかし文化財の調査では、非破壊・非接触を大前提とした手法を要求されるケースが多いことから、X線を用いた調査方法は重要な役割を担ってきた。近年ではX線CTを用いた木材の年輪年代測定などの新しい調査方法も開発されて活用されている一方で、X線透過撮影やX線回折のような従来から利用されてきた方法については改良の余地が残されていると考えられる。例えば、現地調査を余儀なくされる文化財も多いことから、可搬な測定装置の必要性は今後さらに高まっていくだろう。ここ数年で素粒子・原子核物理の分野などを中心に開発研究が進んでいるガス電子増幅フォイル(Gas Electron Multiplier foil、以下GEMと略す)を利用することにより、簡便、安価かつポータブルなX線検出器を製作できる可能性がある。今年度は、GEMを用いたX線検出器の設計およびプロトタイプの検出器を用いた性能評価を行った。 X線透過撮影用のプロトタイプ検出器の性能評価は以下の手順で行った。増幅ガスとしてアルゴンの混合ガスを検出器に導入して、5.9keVのX線を放射する鉄55放射線源を用いて、この検出器からの出力信号の評価を行った。その結果、5.9keVに相当するピークとアルゴンガスを用いた時に現れるエスケープ・ピークで構成された電気信号が得られたことから、GEM検出器が正常に動作していることを確認できた。また、測定した信号増幅率がGEMにかける電圧に対して指数関数的に増加することも確認した。今後は100keV程度の高エネルギーX線検出の評価のために、キセノン混合ガスを用いて試験を行う予定である。
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