視覚刺激生成モジュール、視覚刺激呈示装置、心理データ・生体データ測定装置を導入し、視覚心理物理学実験系を整備した。初期視覚情報処理系の時間フィルタ、空間フィルタの作動特性を調べるため、空間周波数に関して帯域制限した刺激波形を用いて心理物理実験を行った。具体的には、基本周波数および3倍周波数の空間的輝度変調を加算した刺激を作成し、それらの位相関係を操作することにより、特定の空間的輝度勾配をもたせた視覚刺激を呈示した。刺激には定速運動をもたせ、さらに等方性二次元正規分布に従うランダムな瞬間速度を加え、一定の運動中に速度雑音をサブピクセル解像度で発生させた。特定の空間的輝度勾配をもつ刺激において生じる主観的運動印象を定量化するために主観的静止速度を階段法によって被験者内で測定した結果、速度雑音の標準偏差の線形関数として主観的静止速度が増加する様子が各被験者において観察され、直線回帰係数は高度に有意であった。この結果から、初期視覚情報処理における時間フィルタのインパルス応答関数が恒常的に負の偏差をもっていること、またこのことを原因として、視覚刺激における局所的輝度コントラストの時間微分の正負に依存して速度推定に過大・過小が生じることを、すでに提案されている運動検出の勾配モデルを拡張して論じ、シミュレーション計算にて検証した。これらの速度推定の恒常誤差にもかかわらず、特定の空間的輝度勾配を与えた場合のみ誤差が主観的に顕在化する事実から、通常の視覚処理においては生物学的に不可避的に発生するこれら較正誤差を補正するために、時間フィルタ・空間フィルタより高次の処理段階で空間的差動演算や空間的統合方略を用いて外界速度の最尤推定を行っており、計算コストを抑えながら効果的な恒常誤差修正を行っているという可能性を論じた。
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