超高速分光による分子ダイナミクスの研究はこれまで主として均一な系に対して行われてきたが、現実的な系は高度に不均一である場合が多い。従って、微小な領域または不均一な環境に存在する分子の励起状態ダイナミクスを位置選択的に観測することが重要である。このような測定には高い時間分解能を持つ分光手段と高い空間分解能を持つ顕微技術を融合させた時間分解顕微分光法が有効な手段となる。時間分解分光と顕微測定を組み合わせた研究はこれまでにも多くあるが、蛍光顕微分光においてはフェムト秒領域の時間分解測定は行われていなかった。我々は蛍光アップコンバージョン法と共焦点光学顕微鏡を組み合わせた新しい顕微鏡(フェムト秒蛍光アップコンバージョン顕微鏡)、及びピコ秒光カーゲート顕微鏡を開発し、ナノメートルの空間分解能とピコ〜フェムト秒の時間分解能を蛍光顕微測定において初めて同時に実現した。この顕微鏡を二次元イメージの作成に応用し、超高速蛍光ダイナミクスによる試料のイメージ化に成功した。 平成18年度は、特にフェムト秒アップコンバージョン顕微鏡を生体試料に応用した。ワイン酵母、出芽酵母、分裂酵母それぞれを蛍光プローブ分子、ここではトリフェニルメタン系の色素であるマラカイトグリーンによって染色しプローブ分子の超高速緩和過程から、細胞内粘度(In-cell Viscosity)を見積る研究を行った。その結果、酵母の種類に関わらず、約〜5cPの粘度であるということが分かった。また、これまでの研究の延長として、有機分子結晶の一つであるβペリレンの超高速時間分解蛍光も観測した。 また平成18では微小領域構造を持つ試料の一つとして、親水性高分子鎖を持つナノ微粒子の物性研究も行った。高分子ナノ微粒子は現在様々な形で工業・商業的に用いられているが、人体も含めた自然環境への影響は議論されてこなかった。そこで、高い親水性を持つ代表的な高分子微粒子を取り上げ、その表面での特的な分子環境を分光学的に明らかにした。
|